ドゥーワチャライク

子どもの頃から女の子のファッションが好きで、綺麗な洋服を着た女の子たちをうらやましく思っていた。何度かツイッターにも書いたけど、中学〜高校生の間はOliveとnon-noをほぼ毎号買っていました。同時にアップル通信やデラ・ベッピン、CANDY TIMEや漫画ホットミルクといったエロ本も買う(女性誌と一緒にレジへ)んだけどとくにおかしなこととは思わなかった。

オリーブは一種のカルチャー誌としても読んでいて(書評や映画のレビュー、小沢健二の連載等があった)、書体の選択や写真などの誌面のデザインには相当影響を受けたと思う。グラビアもロケーションに凝ったりしててノンノより数段おしゃれな印象でした。スタイリングが誰、とかは意識してなかったけどモデルさんが可愛かった。市川美和子・実日子姉妹や湯沢京など、猫背で、痩せて目つきの悪い不美人が多かったです。
ノンノの良いところは、ボリューム。トータルで好きな格好はあまり載ってないんだけど、アイテムの量が多いんだよね。でも分厚い雑誌の半分くらいは広告で、「雑誌ってそういうもんなんか」とびっくりした覚えがあります。モデルはりょうとか西田尚美なんかがいました。

オリーブのあのページの丸襟のブラウスと、このノンノに載ってる小花柄のプリーツスカートを合わせて…髪はゆるい一つ結びのでっかいおさげで…みたいな想像をしてよく遊んだ。あとは巻末のほうに載ってるショップデータを見て、もし東京に行ったら絶対この店は行く、ここにも行く、あっあと絶対に原美術館に行く、原美術館の芝生のテーブルでお茶をして写真を撮ろう、と少女みたいに夢を膨らませるようなこともよくやりました。

東京の大学に通い始めてすぐ、好きだったバンドのボーカルが死んで落ち込む、友達は出来ず、バイトをしないので金がなく、勉強をしないので単位を落とす、洗濯をしないのでどんどん着れる服がなくなる、女の子とまともに喋れない、皿を洗わないために部屋が臭いし虫がわく、といった自分のだめさに直面することとなった。長年つまらない生活を送って、結局卒業もしませんでした。あの頃のことを思い出すと、今でも胃のあたりが暗く、重くなる。諸事情で家賃も払えなくなり、人としてどん底の状態で住んでいた豊島区東長崎を去りました。

それからいろいろあって、去年の夏、初めて本格的な女装をした。
四谷にあるビルの2階、レンタルコスチュームのお店のドアを開けると、挑発的なボディコンのワンピースを着て女性のメイクを施されている最中のおじさんと、テーブルで話している二人の若いオタクっぽい男性がいました。狭い店内に体を押し込むように入っていくと、女性の店員さんが現れてお店の説明をしてくれた。彼女の説明に従って、カツラと洋服を選んで、メイクの順番を待ちました。同じテーブルの若い男性二人が話しかけてきて、彼らが女装愛好家だということが分かりました。一人の人は女装時の写メを見せてくれて、そこには顔立ちの派手な可愛いギャルが映っていて、思わずエッと声が出た。おれの反応に、幽霊みたいな生気の薄い顔をした男性は嬉しそうに自分の女装話を始めるのでした。

メイクは、自分でする。化粧道具も全部そろえてるし、洋服もどんどん増えていっちゃうんだよね。こないだっていうかわりとしょっちゅうなんだけど、街で男に声かけられた。自撮りしたり、写真撮ってもらうのも楽しいよ。きみ初めてなの?そうなんだ、新しい世界の扉、開いちゃうかもねェ〜。
テーブルのもう一人の少し太めで眼鏡をかけた男性は、主にギャル(になる前のもう一人のオタク)の話にうなずいたり、持ち上げたり、弱めの突っ込みをしたりしていました。そんな会話の間に、さっき選んだセーラー服に着替えました。

「じゃあ行ってきます」と言って、メイクを終えたボディコンのおじさんが鏡台の前から立ち上がりました。ずり上がったスカートの裾をつまんでぎゅぎゅっと押し下げ、ハンドバッグ片手に店の外に出て行きます。行くんだ。その格好で。「行ってらっしゃーい」と店員さん。じゃあこちらへどーぞー、とおじさんが座っていたイスに案内され、おれのメイクが始まりました。「どんな感じがいいですか?」とメイク専門のスタッフのおばさん。「えっと、女子高校生のイメージなんで、できるだけナチュラルな感じで」「わかりました〜」といったやりとりの、約30分後。ショートボブのカツラを被り、セーラー服を身に着け、メイクを終えたおれが全身鏡の前に立っていました。

これが……ぼく………?

ごつい。脚が太い。あと肌荒れがすごい。っていうか、見れば見るほど、おじさん。女装したケバいおじさん。正直、もうちょっとましだろうと思っていた。陶芸家が、気に入らない作品を地面に叩きつけて割るじゃないですか。見たことないけど。そんな気分でした。なんだよ。なんなんだよこれ。

「すごーい!可愛い〜!!」と言ってさっきの男性二人が褒めてくれます。女性店員さんも「お客さん……なかなかの素材ですよ……!」と興奮ぎみな表情。業界に新人(客)を引き込みたい一心なのがすごい伝わってくる。褒められるほどに、嬌声を浴びるほどに落ち込みは増す一方でした……が、実はここからが本番でした。店員さんに、写真を撮ってもらうのです。できればケータイで自撮りがしたかったんだけど、そっちのコースはすごく高かったのです。店の奥のカーテンで囲まれた試着室くらいの大きさの間仕切りの中で、撮影してもらいました。なるべく女の子らしい、ポーズや表情。上目遣いもしたし、アヒル口も練習して行きました。ここまでやったら、後悔だけはしたくない。おれはやりきるぞ。やってやるんだからね。

撮影データの入ったCD-Rを受け取って外へ出た。外は暗くなり始めていました。何だか体がだるくて、寒気もしていた。家に帰ると、飯も食わずに布団に倒れこんだ。翌日、熱が出ていました。もらったCD-Rをパソコンに入れて確認すると、鏡で見た以上にキツい写真の連続でした。吐きそうになりながら、あきらめずに全部のショット(100枚近くあった)に目を通し、一番ましなやつを選んでぶるぶると震えながらPhotoshopを起動しました。


結局おれは、原美術館にはまだ行ったことがありません。
理想というか、夢は美しい夢のままにしておいた方がいいこともある。よくある決まり文句だけど、そんな気がするからです。

……さて今年はどんな衣装にしようかな。やっぱ黒ギャルか。