レンタルビデオのバイト

若い頃は映画を作る学校に行ったりしてたんですが、ある日同級生のAくんに「お前は学科で一番映画を知らない学生だと思うけど、逆にそこがいい」と言われたことに危機感を覚えて、近所のレンタルビデオ店でバイトをすることにしました。安く借りられるだろうし、環境的に映画を観る気になるかなと思って。個人経営で、ウィンドウにヨーダルパン三世、アメコミのキャラなどのフィギュアが置いてあり、単館系のラインナップも充実した店でした。監督別、出演者別でビデオが並べられてたところが好きだったな。そう、まだDVDもブルーレイもなく、VHSが棚に並んでいた頃の話です。

オーナー兼店長は在日韓国人二世の独身30代のおじさんで、親は大金持ちで働く必要はないけど映画が好きだからこの店やってる、というスタンスの人でした。黒人文化が大好きで、よくマーヴィン・ゲイスティービー・ワンダーをかけていた。スパイク・リーについて熱く語られたりもしたなあ。そんな店長ですが、熟女好きでドスケベの大麻中毒者という一面もあり、「半袖くん、市民プールいいよ。熟れ熟れの主婦がわんさかいるんだよ。もう……熟れ熟れよ?」と近所の奥さんとの不倫話を事細かに話してくれたり、ビデオを入れる店のロゴ入りのバッグにパンパンに詰まった乾燥大麻を「内緒だよ?通報しないよ?」と言いながら見せてくれたりしました(吸わせてはくれなかった)。

「半袖くんまだ若いんだから、映画をいっぱい観なよ。何も考えずにさ、棚のはじから始めて、全部見ちゃえばいいんだよ。タランティーノもそうしてたらしいよ?」そう店長に言われて、とりあえずアダルトコーナーの方でそれを実行することにした。当時の都内では珍しくなかったと思うのですが、店では裏ビデオも置いていて、童貞だった僕は「なるほどな〜〜!なっ……なるほどな〜〜!!!」と毎日人一倍熱心にひたすらエロビデオを見続けました。人妻もナンパもギャルも家庭教師もSMもノゾキもスカトロもレースクイーンも女子高生も白人も黒人もひと通り見尽くして一種賢者のような心持ちになった頃には、「たくさんの映画を観て勉強しよう」という志はすっかり失われていました。

間違いなくこの店で一番エロビデオを見てる男だろう、そう思っていたところに「全然ちゃうよ」とバイトで一番古株のNさん(バンドマンでモヒカン)に鼻で笑われた。「ミノワさんなんかもう、10年は通ってるし何っ回もおんなじの見てるで。本数で言ったらもう3周くらいしてんちゃう?」と言われて、そのミノワさんのことが気になりました。ミノワさんは近所の中華料理屋さんで働くコックのおじさんで、たまに袋にいれたホカホカのチャーハンを差し入れしてくれる。シフトが変わったことで程なくそのミノワさんとも会えました。本当にめちゃめちゃ借りてた。やけくそかよ?って思うくらいの本数を借りてました。店のコンピュータで貸出データを見たら、アダルト部門のみならず総合的にも店で一番借りてる人でした。坊主頭にグンゼの肌着をインしたケミカルウォッシュのスリムジーンズ、サンダルとウェストポーチがいつものスタイル。聞いていた話の通り、透明なビニール袋にパンパンに詰まったホカホカのチャーハンをカウンターにどしんと置いて、「差し入れよ。新作入ってる?」と微笑んで真っ直ぐアダルトコーナーに歩いて行く足取りの、その迷いのなさ。「ああはなりたくねえ!」って素直に思いました。ミノワさんのチャーハンはいつもすぐ店の裏に引っ込めて、ゴミ箱に捨てていました。めちゃめちゃいい匂いがして美味しそうだったんだけど、ついに食べる勇気が出なかったです。

いつものことだけど、この話にもとくにオチはありません。僕がバイトを辞めて九州に出戻ったあと、しばらくして店は潰れたと当時のバイト仲間から聞きました。それから10年以上が経った。

5年くらい前、池袋のビックカメラでテレビを買って、配送手続きのカウンターで書類を書いていると、隣に見覚えのある男性の横顔があり、店長でした。親戚がここで買ったクーラーの調子が悪くて、修理の事を聞きにきたんだよね、と言う店長を誘って喫茶店でコーヒーをご一緒した。「いやーオレもちょっと前だけど警察のお世話になっちゃってさ」と両手を「お縄」のポーズにしておどけて見せる店長は、当たり前だけど昔よりもだいぶ老けていました。「ところでテレビ、何インチ買ったの?えっ37?バカだね半袖くん、テレビは42インチからじゃないと『大画面』って感じしないよ?ハハハ」AV(オーディオ・ビジュアル)マニアだった店長の言うとおり、うちのテレビは全然大画面って感じがしないです。